家事/育児は、愛とかで語るものではなく、、、

私は家事や育児で妻や子供を擁護する発言が多いので、愛妻家とか、子煩悩とか思われがちだがそんなことは全くない、とここに明言しておく。義務感である。

愛を根拠にして家事や育児を語ると、逆に言えば愛が無くなればやらなくていいの?となってしまう。そんなこと当然ない。嫌いになったらやらないというのは、子供が「嫌いな授業は受けない。」と言っているのと同じで理屈で、成り立たない。そもそも好き嫌いではなく、責任であり義務である。

また、それは両方の親に同じだけ課せられたものだし、時間的に妻の方が関わることが多いかもしれないが、基本的には両方とも同じ責任と義務がある。仕事は会社との労働契約に基づいているが、それと同じように明文化されていない家庭契約に基づいて、家事や育児にも、夫婦対等に責任と義務が成り立っていると思っている。

もちろん愛がないとは言わないが、愛のみを根拠にした理由付けはクモの糸に頼っているようで心もとなく淡い。論理的とも言い難い。学校教育もそんな愛とか精神論に基づくことが多い気がする。もっとドライでいいんじゃないかな?

願わくば男の子には、家庭は夫婦対等な契約によってなりっているのであって、妻をお母さん代わりにして甘えるところではないんだよ、と教えて頂きたいものである。いつの日か、家事や育児、家庭に関与しない男は責任と義務を果たしてなくてかっこ悪い、と堂々と言える社会になってほしい。